今回をもって、終了させて頂きます。永らく有り難うございました。
「醜いアヒルの子」は、アヒルの群れに紛れ込んだ白鳥のお話しですが、白鳥の群れに紛れ込んだアヒルの話を作ってみました。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
皆様のご多幸をお祈りいたします。
アヒルの子
ここはまだ人が訪れたことのない、断崖と森に囲まれた美しい湖。秋も深まりを見せ、 木々が色づき始める頃、白鳥の群が越冬のため飛来していた。白鳥は一旦夫婦の契りを結 ぶと、たとえ相手が死んでしまっても二度と他の白鳥とつがいになることはないという。
今年も、あちこちで夫婦が卵を抱いている中で、ひときわ仲の良い二羽がいた。まだ若く、愛する相手と巡り逢い、初めての産卵を終えたばかりだった。
大切そうに三個の卵を抱える雌に、雄はご馳走を運んでいたわっている。そっと雌のお腹の下を覗き込む雄の顔は幸せそのものだった。
今日は雄が卵を抱いていた。そろそろ、交代の時間なのに‥‥、雌が帰ってこない。湖の方へ向かって呼んでみるが返書がない。心配になり、ついに雄は卵のそばを離れた。懸命に探していると、雌は湖の向こう側で足を痛めて座り込んでいた。二羽が漸く帰り着いたときには既にかなりの時間が経っていた。
妻の無事を喜んでいられたのは束の間だった。卵を抱こうとして数えてみるが、どうしても一個足りない。実は、卵は蛇に呑まれてしまったのだった。悲嘆にくれながら卵を抱いている妻を残し、夫は必死に周りを探した。薮を掻き分け探し続けた。そして、諦めかけたとき、小枝に埋もれていた一個の卵を見つけた。泥に汚れ、ヒビが入っていたが何とか無事なようだ。大切に卵を抱え、急いで妻のもとへと帰った。
それからは、二羽は、二度と巣を離れることもなく、大切に大切に交代で卵を暖め続けた。やがて、二個の卵がかえり、可愛いヒナが誕生した。心配されたが、遅れているもう一個のヒビの入った卵も、愛情を注いだ甲斐あって、無事、ヒナが誕生した。
先の兄弟と違って、首が短かったが両親にとっては可愛い我が子だった。子供達はすくすくと育っていったが、3番目の子(アルと名付けられた。)は成長が遅く、生えそろってきた羽も小さかった。首も足も長くなってこない。しかし、父と母の心配をよそに、かすれてはいたが「ガーガー」と、一番元気がいいのはアルだった。
そしていよいよ、泳ぎを覚え、自分で餌をとることを覚える日がやってきた、父を先頭に子供達が続いた。しんがりを努めるのは母だ。父と母のお手本を真似て、子供達は恐る恐る湖へと入っていった。ぎこちなさはあるものの、子供達は良く学習した。餌取が一番上手だったのは、以外にもアルだった。
周りの夫婦達はみな、「アルを見習いなさい。」とそれぞれの子供を励ましていた。アルは有頂天になり、普段にも増して「ガーガー」と五月蝿く、その声は湖の何処にいても聞こえるほどだった。父と母は心配した子が自慢の息子となり、喜んでいた。
今度は飛び方を覚えるときがやってきた。湖からアルの声が消えたのは、このときからだ。どんなに頑張っても、羽をバタつかせても、足が地上から離れることはなかった。父と母は、惹命に、時には叱りながらアルにつきっきりで教えた。周りのみんなも励ましてくれた。しかし、兄弟も友達も悠々と空を飛び回っているのを見上げながら、アルはだんだんと練習をしなくなっていった。
春が近づき、それぞれの家族が北へ旅立っていく頃になっても、アルは飛ぶことができなかった。そして今は、アルの家族とその友人の家族だけが残っていた。みんなの心配をよそに、ふて腐れて練習しようとしないアルを父と母は崖の上へと連れだした。
いつになく険しい表情の両親に挟まれてアルは心配そうに母の顔を見上げた。その時、父はアルを崖下へと押し出した。アルは空中に放り出されていた。落ちながら懸命に羽を上下するが、水面がどんどん近づいてくる。懸命に飛び方を教えようとする両親の声はアルの耳には聞こえなかった。ザプーンと大きな音がしたかと思うとアルは水中にいた。
アルの瞳からは次々と涙が溢れて湖へ溶け込んでいった。アルは死のうと思った。湖底へ向かって泳いだ。水が冷たくなり、次第に薄れていく意織の中でアルの名を呼ぶ声を聞いた。アルは泳ぐのを止めた。父と母は後悔しながらアルの名を呼び、水中を覗き込んだ。プカッとアルの姿が湖面に浮かんだ。
父と母は、アルが飛べるようになるまで、この他に残ることを決意し、二羽の子を友人に頼んだ。もはや一刻も早く飛び立たなければならなかった。二羽の子達は父に叱られ、しぶしぶ従った。アルは旅立っていく兄弟達を見送りながら、両親と水入らずで暮らせることを密かに喜んでいた。どんな結果が待っているのかも知らずに・・・。
アルの期待に反して、翌日からは特訓が始まった。父と母は今までにも増して厳しかった。しかし、もう二度と崖の上から突き落としたりすることはなかった。アルはだんだんと反抗するようになり、腕白になっていく。それとは逆に父と母は次第に元気がなくなっていった。
日差しが強い、春も終わりを告げようとしているある日、アルは練習が嫌で両親から逃げ回っていた。それを追う母がついに倒れた。夫は、妻を急いで湖へと導いたが、既に水は温くなり始め、元気を取り戻すことはできなかった。少しでも涼しそうな木陰を選んで妻を横たえた。
心配そうに覗き込むアルに母は育った。「お前のせいじやないんだから、気にしないで、練習をするんだよ。」夫は妻につきっきりで看病するようになり、一人で練習するアルを力無く遠くから眺めていた。
アルは母に喜んで貰おうと真剣に練習を始めた。努力の甲斐あって、高くは飛び上がれないものの、地上に足をつけずに、5,6メートルの距離は進むことができるようになった。母はそれを見て、にっこり微笑んで二度と帰らぬ鳥となった。
父も日に日に衰えていく。アルは父のために餌を運んだが、もう食べることもできなくなっていた。父は、「もうすぐ、お前はひとりぼっちになる。でも、秋になれば兄弟や友達が戻ってくるから、来年の春には飛べるようになって、みんなと北へ行きなさい。」そう言い残して、妻の後を追った。
アルは本当にひとりぼっちになってしまった悲しさと寂しさに両親の亡骸の側を離れようとしなかった。
ある時、一羽のアヒルが通りかかり、アルに話しかけてきた。以前、この湖の畔で暮らしていたが今はもっと山奥へ移り住んでいるという。アルは久しぶりに仲間を見たと思い、元気が出た。これまでのことをアヒルに話したが、そいつは大声で笑った。「そんな与太話をするもんじゃない。お前の横で死んでいるのは白鳥じゃないか。」
アルは不思議そうに首を傾げた。アルは自分も白鳥だと主張した。あまりに真剣なアルの口調にアヒルはもはや笑わなかった。同情し、アルもアヒルだということを説得しようとしたが、アルは頑として受け入れようとしなかった。
アヒルは、仲間の住んでいる場所をアルに教え、困ったことがあったら訪ねてくればいい。」そう言って去っていった。
アルは一番高い崖の上に佇んでいた。水面を見下ろしても怖いとは感じなかった。下の方で父と母がやさしく呼んでいる声がするように感じる。「僕は白鳥だ。」心の中でそう叫び、地を蹴った。父と母の励ます声を感じながら、懸命に羽を動かした。やはり、一直線に水面に向かって落ちていったが、これまでの練習の成果が現れていた。アルは無事、着水することができた。空へ向かって父と母に届けとばかりに喜びの声をあげたが、その声はどこか寂しげだった。
夏が終わろうとしていた。一羽のアヒルが湖の畔に佇んでいる。旅から帰った友人からアルの話を聞き、いてもたってもいられず訪ねてきたのだった。彼は1年前、卵を一個無くしていた。懸命に探したが見つからず諦めていたが、友人の話からアルが自分の子であることを確信していた。
湖の向こうにそびえ立つ崖の上に立っているのがアルだろう。胸がときめいた。その時、アルが崖から飛び降りた。彼はハッとし、次の瞬間には自分の目を疑いながらも、見守った。アルは辿々しいが確実にこちらへ向かって飛んできていた。
アルはひたすら、もう怠けることもなく練習を続け、今では高度を上げることはできないものの、崖の上から湖の一番遠い端まで飛び続けることができるまでになっていた。多少の余裕もでき、対岸で自分を見ているアヒルに気づいた。アルは久しぶりの来訪者に喜び、彼に向かって飛んでいった。
たくましく成長したアルに、彼は話しかけた。君は僕たちアヒルにそっくりだけど、本当は白鳥なんだって?」アルは誇らしげに胸を張って頷いた。彼は結局、父であることを告げなかった。一日、アルと共に食事をし、語り合って過ごした。アルは白鳥の父が帰ったようで嬉しかった。彼は、一羽で頑張っているアルを褒め、励まし、いつでも自分たちの家へ遊びに来るように言い残し、去っていった。
また、ひとりぼっちになって更に寂しさを感じたが、「もうすぐみんなが帰ってくる。そう思うと勇気がわいてきた。
今年も秋が深まり、白鳥が訪れる季節が近づいていた。真っ先に帰ってきたのはやはり兄弟達だった。お互いに逞しく成長した姿に再会を喜び、父と母の死を悲しんだ。
周りの仲間達が団らんを楽しむ中、アルは更に練習を続け、兄弟達はそれを励ました。そしていつしか、そこには仲間達の歓声を受けて、空高く舞い上がるアルの姿があった。
翌年の春の初め、里の人々は奇妙な光景を目にした。北へ帰る白鳥の群に混じってアヒルによく似た鳥が飛んでいたのだ。それを見なかった人たちはそんな馬鹿げた話し‥・。と言って信じようとはしなかった。実際、それ以後、秋も春も、白鳥の群に他の鳥が紛れ込んでいる光景を見ることは無かった。

